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アガペの活動詳細
ヘルプラインカード
ワールドヘルプラインカード
ジャパンヘルプライン
日本緊急援助隊(JET)
ボランティアホットライン


あがぺ・インターナショナルはジャパンヘルプライン、ワールドヘルプライン、日本緊急援助隊、ボランティア・ホットライン、そしてエイズ・ホットラインを管理しています。
 
これらは困った方へのアドバイスや緊急援助を24時間体制で提供している、日本で唯一の民間の非営利サービスです。
 
私たちは国際地域供給者団体組合の設立メンバーの一員で、日本における民間の非営利団体を統合しています。また、日本NGO組合、日本クリスチャンNGO組合、アメリカ商工会議所 そして日本外国通信クラブのメンバーでもあります。

あがぺのはじまり

あがぺインターナショナルは、1975年、日本で生まれ育った4人のアメリカ人青年がロスの大学に通うため祖国に戻ったことがはじまりでした。2ヵ国語を流暢に話せ、2ヵ国の文化を十分に理解している人材は当時非常にまれで、この知識を活かして人助けをしたいという気持ちとその活動は町中に知れ渡るようになりました。そのうち彼らは個人的に、緊急事態にある日本人からの電話を受け、その人を助けるという活動を始めました。

agape_01あがぺという名前の由来はこうです。ある晩のこと、午前2時に突然日本人家族から電話が入りました。セントラルロサンジェルスで、車が故障して立ち往生してしまっている、という困り果てた状況で助けてほしいという内容のものでした。

彼らの一人はベッドから起きあがり、車でその家族のいるところまで急いで駆けつけました。しかし、そこで彼を迎えたのは感謝の気持ちではなく、助けに行った家族の父親の怒りでした。「何でそんなに時間がかかったんだ!」 。

その時彼らは、自分たちの善意の行動がいつも感謝で受け入れられるとは限らない、時には当たり前と受けとられることがあるということに気づいたのです。この経験から、彼らはこの活動を「あがぺ」と名付けたのです。「あがぺ」とはギリシャ語で「代償を求めない愛、不条件の愛」という意味です。

 

ワールド・ヘルプライン

あがぺの評判が広まるにつれて、あがぺへの電話の数も増えていきました。助けを必要としている日本人はロスだけでなく、アメリカ国内全域にいるので、利用者の便宜を考えて1980年にはフリーダイヤルを設置しました

この1980年の末には、ワールドヘルプラインとして世界中にフリーダイヤルを設置し、さまざまな国にいる日本人のための救援ネットワークを確立したことにより、あがぺはインターナショナル化されました。この世界中のボランティアのネットワークは日本人スタッフと、日本での生活経験があり日本語のできる外国人スタッフから成っています。

あがぺの活動が始まって20年経った時、私たちは転機を迎えました。大震災が1995年1月17日に神戸を襲い、私たちは圧倒されるほど多くの電話を受けました。そのほとんどが神戸に家族や友人をもつ、海外の人からの電話でした。CNN、BBC、またNHKで放送された私たちのフリーダイヤルの番号を見て知っていたのでしょう。しかし海外の人が私たちに電話をしてきたのはこの震災の時が、初めてでした。

それ以来、私たちはこのワールドヘルプラインを日本人のためだけではなく、どんな国籍の人でも使えるようにサービスの領域を広げました。

ワールドヘルプライン・カード今では18ヵ国語で電話の応対ができるようになり、このヘルプラインを支えてくれているボランティアの数は何千にも及びます。ワールドヘルプラインのカード(無料)には 55ヵ国におけるワールドヘルプラインのフリーダイヤルがのっています。このカードをご希望の方はこちらからどうぞ。

 

ジャパン・ヘルプライン

ジャパン・ヘルプラインはもともとワールド・ヘルプラインの一部でした。ワールド・ヘルプラインのサービスの一つに、帰国子女が日本に戻ってきた時に日本の社会にすぐ溶け込めるよう支援する活動があり、その活動をジャパン・ヘルプラインとして確立させたのです。

1987年の秋には、帰国子女に限らず来日外国人にまでその活動を拡大しました。その大きな理由は、ジャパン・ヘルプラインが、西日本に住んでいたタイからの学生が栄養失調で亡くなってしまったことを耳にしたからです。このタイの青年はビザが切れていて、病気にかかった時に捕まるのを恐れて医者にも行けず、誰にも連絡できず、結局自分のアパートで一人ぼっちで亡くなってしまったというのです。

このような悲劇を少しでも減らすことができれば、とジャパン・ヘルプラインは考えます。

この事件以来、ジャパン・ヘルプラインは日本に住む外国人のために、民間の、日本人でないスタッフによって運営される団体が必要であると決断しました。そこで全国ネットで24時間体制のフリーダイヤルシステムを日本にも設置しました。日本での生活についての質問から、緊急事態のSOSまで、どんな内容の電話でも受け付けています。電話は18ヵ国語以上で対応できるようにスタッフを選んでありますから安心してお電話下さい。

ジャパンヘルプライン・カードまた私たちはジャパン・ヘルプライン・カードを発行しています。これはクレジットカードサイズで、緊急の時や日常必要と思われる電話番号がのっています。この電話番号は英語で応答され、日本中どこからでもかけられます。

さらにこのカードには日本に旅行で来られた方、また住まわれている方のために、英語と日本語で表した日常使われやすい表現ものっています。ジャパン・ヘルプラインカード (無料)の申し込みをされたい方はヘルプライン をクリックして下さい。ヘルプラインカードだけではなく、日本での生活についてよく聞かれる質問や、知っていると便利な電話番号、ウェブサイトなどいろいろな情報がのっています。お申し込みはこちらからどうぞ。

 

日本緊急援助隊(JET)

日本緊急援助隊(JET)の活動は、1989年のサンフランシスコ大震災の際に中央大学から38人の学生が再建を手伝いに現地に行ったことから始まりました。これが、国際的救済を行った日本における最初の活動で、また唯一の民間団体だったのです。以来、活動の輪はふくれあがり、人数も当時の12倍以上にも増え、今では500人近くのボランティアでJETは構成されています。今日、日本の若い人たちはもちろん、30校以上の日本の大学もこのJETの活動に参加しています。

JET1989年のサンフランシスコでの活動以来、私たちは世界中で起こった多くの災害に緊急援助を送ってきました。緊急援助の形としては、具体的に特定の災害に対して、緊急物資の仕分け、医療、食料品、医薬品の配布などを現地の必要に合わせて行っています。

JETは災害の起こった現地の地域団体と協力して、その場に応じて、補助的立場に立ったり、直接行動に出たりして活動を行います。JETに関する情報、またこれまでのJETの活動は日本緊急援助隊をクリックして下さい。

 

ボランティア・ホットライン

ボランティア・ホットラインは1991年、日本緊急援助隊(JET)がヨルダンのクウェート難民キャンプに日本人学生120人を送り出した後に始まりました。ヨルダンでの活動が終わって日本に戻ってからも、多くの学生たちはボランティア活動を続けていきたいと願っていたからです。

ボランティア・ホットラインそこであがぺ・インターナショナルは、ボランティアに興味を持つ日本人にボランティア活動・団体を紹介する、また逆にボランティア団体にボランティアスタッフを紹介するという活動を始めました。

もしあなたがボランティア活動に興味を持っていて(国内のみでなく、海外に向けてのボランティアも含めて)、その活動・団体をお捜しの場合、またボランティア団体の方でボランティアスタッフが必要だという場合、こちらをクリックして下さい。

 

 

エイズ・ホットライン

このエイズ・ホットラインは、在日外国人からのエイズに関する電話が想像以上に多かったために設置されました。そして、イギリス青年のエイズ感染発覚により、エイズ・ホットラインは深刻化してきました。この青年は日本の大学に入学したのですが、大学での健康診断でエイズにかかっていることが明らかになり、大学はその青年を退学にし、日本から権力で追い出してしまったのです。あがぺインターナショナルは彼が出国するまでの間、滞在する場所を提供し、また彼の空港までの交通費もあがぺインターナショナルが負担しました。

今日ではエイズ・ホットラインはエイズ・プロジェクト・USAと合同で活動しています。このエイズ・プロジェクト・USAは私たちにエイズについての最新の治療と情報を提供してくれています。

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